労災奮闘記(3)被告主張

労働者災害補償保険審査官 柳澤敦子氏の見解

(ア)請求人は、業務上ミスを犯した際、病院関係者Aや病院関係者Jから人格否定や侮辱的発言、必要以上に長時間にわたる叱責を受けたと主張する。請求人によれば、病院関係者Jは、きちんと確認しなかったり、マニュアルを守っていなかったりしたために起こるミスに対し厳しく叱るのであり、また、病院関係者Aの「馬鹿かお前は」「たわけか」「アホ」といった発言は、請求人のミスに対する注意する際に発せられたものであり、その表現には適切さを欠くものの、請求人の人格を否定し貶める目的ではなく、度重なるミスや重大なミスを起こさせない意図による発言と考えられ、業務指導の範囲を逸脱したものとまでは言えない。

 平成27年4月頃、病院関係者Aから医学物理士の資格取得に関して強く求められてたと主張する。この医学物理士の資格について、平成27年4月14日の部会における病院関係者Aの「資格取得に挑戦する意思を持った技師が出てくることが望まれる」との発言や請求人が平成27年度個人目標の長期目標として医学物理士の資格取得を掲げ、具体的な計画を記載していることは確認できるが、これをもって資格取得を強要されたと判断することはできない。また、病院関係者JからCTCの読影技術向上のための問題集を提供され、「6月までにやっておくように」と言われたと主張する。請求人は、平成27年度目標の中で「CTCスキャンの読影スキルを身につける」「検査件数が少なくモチベーションの維持に課題がある」と記載しており、病院関係者Jがその目標達成のために請求人に問題集を提供したと考えるのが自然であり、これらの課題が達成できなかった場合のペナルティーはない。請求人のスキルアップのための目標設定や目標達成のための指導と見るのが妥当である。

 これら出来事は、別表1の出来事の累計のうち「対人関係」、具体的出来事「上司とのトラブルがあった」に当てはめて検討するのが妥当であり、この出来事の心理的負荷の強度は「Ⅱ」であるが、請求人が受けた注意は業務指導の範囲を逸脱していたとは認められず、また、業務目標に関して病院関係者Aおよび病院関係者Jと請求人とは考え方に相違があったとしても、周囲からも客観的に認識されるような対立が生じていないことから、この出来事による心理的負荷の強度は「弱」であると判断する。

(イ)請求人らは、宿直勤務、日直勤務および待機勤務中も指揮命令下におかれていた時間であり、時間外労働時間という解釈になるとの主張であるが、前記2(1)キ(イ)および(ウ)のとおり、手待ち時間を除く実労働時間のみで労働時間を算定するが妥当である。

 当審査官は、その他の主張を踏まえ、改めて評価期間における時間外労働時間を算定し、別表1の出来事の累計のうち「仕事の量・質」、具体的出来事「1か月に80時間以上の時間外労働を行った」にあてはめたところ、評価期間における1か月の時間外労働時間数は80時間未満にとどまり、心理的負荷の強度は「弱」であると判断する。

(ウ)請求人らは、平成27年1月5日から同月17日までの2週間以上にわたって連続勤務を行ったと主張する。この出来事は、別表1の出来事の累計のうち「仕事の量・質」、具体的出来事「2週間以上にわたって連続勤務を行った」に当てはめて検討するのが妥当であり、平均的な心理負荷の強度は「Ⅱ」である。連続勤務については、宿直及び日直の日が含まれており労働密度が低いために、この出来事による心理的負荷の強度は「弱」であると判断する。

(エ)病院には、メインの64列CTとサブの16列CTがあり、請求人がメインの64列CTを担当し、病院関係者Bがサブの16列CTを担当していた。双方のCTは、物理的に離れており、午前はそれぞれ一人で作業することも多く、午後は64列CTのみで業務が成立することが多く、病院関係者Bは、手がすくと64列CTを手伝っていた。

 請求人らは、この病院関係者Bが平成27年1月19日から同年3月31日まで休職したため、複数名で担当していた業務を一人で担当するようになったと主張する。病院関係者B休職により、16列CTは請求人以外の病院関係者がフォローし、64列CTを請求人が一人で担当することとなった。もともと、病院関係者Bは、請求人の担当する64列CTの業務に関しては手伝いをしていたにすぎず、複数名で担当していた業務とは言えないことから、出来事として評価することはできない。
 なお、請求人らは、令和4年3月1日付の意見書において、「病院関係者Bが入職当初から64列CTでの請求人のサポートが主であり、すんなりと歩ける軽症者については16列CTで病院関係者Bにお願いする程度であった。」と主張を変えているが、請求人が調査官に当初申述した内容や病院関係者から確認した内容と矛盾する。
 仮に、別表1の具体的出来事「複数名で担当していた業務を1人で担当するようになった」に当てはめたとして、請求人によれば、病院関係者Bは、午後になると薬の影響で朦朧とした状態が多く、17時までの勤務の最後まで起きられていた日はほぼない状況で、病院関係者Bの様子にも気を配りながらの業務は負担となっていたのであり、病院関係者Bと担当していた午後からの64列CTの作業を1人で担当するようになったとしても、同出来事の心理的負荷の強度は「弱」であると判断する。

 以上のとおり請求人に精神障害の発病は認められるものの、業務による出来事の心理的負荷の強度は「強」には至らず、精神障害の発病は業務上の事由によるものとは判断できない。
 したがって、監督署長が請求人に対してなした療養補償給付を支給しない旨の処分は妥当であって、これを取り消すべき理由はない。

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