令和6年(行ウ)第13号 療養補償給付不支給処分取消請求事件
令和6年(行ウ)第40号 休業補償給付不支給処分取消請求事件
原 告 原告X
被 告 国(処分行政庁 名古屋東労働基準監督署長)
準備書面(5)
(被告第2,3,4準備書面への反論と補充)
令和7年7月9日
名古屋地方裁判所民事第1部合ホE係 御中
原告訴訟代理人弁護士 岩 井 羊 一
第1 本書面の趣旨
本準備書面では、令和6年10月30日付の被告第2準備書面、令和7年3月10日付の被告第3準備書面及び令和7年5月9日付の被告第4準備書面に対し必要な範囲で反論する。また原告準備書面(1)について補充をする。なお、略語等は、本準備書面で新たに用いるもののほかは、従前の例による。
第2 発病の業務起因性について
1 待機勤務について(原告準備書面(1)の補充)
関連訴訟である令和7年(ワ)第493号事件における被告病院の答弁書において、「待機業務中は被告病院から呼び出しがあった時に30分以内に到着することを求めている」と明記されている。この記載は、待機勤務中にも被告病院の指揮命令が及んでおり、30分以内の到着を義務付けるという拘束性があったことを示すものである。したがって、待機勤務中においても当該職員は被告の指揮命令下に置かれていたと評価でき、その業務性は明らかである(甲130)。
2 「感染症等の病気や事故の危険性が高い業務に従事した」について(原告準備書面(1)の補充)
関連訴訟である令和7年(ワ)第493号事件における被告病院の答弁書において、「装置設置時から設備改修は行っておらず、……(以下略)」と明記されている(甲130)。
このことから原告が令和2年に測定した漏洩線量は平成27年当時も同じであったことが言える(甲4の23頁24頁、甲7)。
さらに、CT撮影の各保険点数は厚生労働省より以下のように告示されている。
「CT撮影のイ、ロ及びハについては、別に厚生労働大臣が定める施設基準に適合しているものとして地方厚生局長等に届け出た保険医療機関において行われる場合に限り算定する。」以上から施設基準を満たしていない時点で、CT撮影に関して保険点数を請求することは不正請求にあたる。施設基準を満たしていない状態で原告に対してCT撮影を命じ、実施コマンドを押して請求をさせ続ける行為そのものが、労災認定基準における「業務に関連し、違法な行為や不適切な行為等を強要された」にも該当する。よってこの放射線漏れに係る一連の心理的負荷は「強」である。
第3 本件疾病の悪化およびその業務起因性は認められること(第3準備書面の3から5頁)
1 本件疾病が悪化したと認められること
ア 処方薬の増量がなかったことが、悪化はなかったと言えるかについて
被告は、原告の休職前において処方薬の増量(以下「増薬」という)が行われていないことを根拠に、原告の病状が悪化していなかった旨を主張している。
しかしながら、精神疾患の症状の悪化と薬物療法の変更(特に増薬)とは必ずしも直結するわけではない。すなわち、増薬が行われなかったことのみをもって、病状の悪化がなかったと断定することはできず、被告の主張は医学的知見に照らしても妥当とはいえない。
第一に、精神疾患の治療においては、薬物の副作用の問題が常に伴う。抗うつ薬や抗精神病薬等の向精神薬は、眠気、集中力の低下、認知機能の抑制などを引き起こす副作用があるため、むやみに投薬量を増やすことは、患者の日常生活や職業生活に重大な悪影響を及ぼすおそれがある。したがって、症状の悪化があっても、主治医は副作用リスクとのバランスを考慮し、あえて増薬を控える判断をすることがある。
第二に、精神疾患の治療では、薬物療法だけでなく、心理社会的環境の調整や休養の確保といった非薬物的アプローチが重要視されることがある。とりわけ、職務遂行能力が著しく低下している場合や、職場環境が症状悪化の一因となっていると考えられる場合には、増薬ではなく休職等の環境調整を優先することは、臨床的にも一般的な対応である。
第三に、原告のケースにおいては、産業医による面談において業務遂行能力の低下および症状の悪化が確認されており、それに基づいて休職判断がなされている。このことは、薬物の増減とは独立して、実際の症状悪化があったことを示す重要な医学的所見である。
以上の通り、増薬がなかったことは、単に治療上の判断の結果であり、悪化がなかったことの根拠とはならない。むしろ副作用リスクや非薬物的対応の必要性、職務遂行能力の低下といった要素を総合的に考慮して治療が進められていたものであり、被告の主張は、精神疾患に対する理解を欠いた一面的かつ不正確なものである。
被告は、患者から副作用に関する訴えがあった場合には診療録に記載するのが通常であること、主治医が投薬内容を検討したことを伺わせる記載も確認できないことから、原告の主張には理由がないと反論している。
しかし、カルテの記載は主治医が裁量によって記載するものであり、投薬量の検討や、副作用に関する訴えまでを記載するかどうかについて、被告が主張するような経験則が存在するとはいえない。甲106のカルテの記載を見るとZ2医師は、必要最小限の情報を記載しており、副作用に関する訴えや、投薬内容の検討まで話が出たが記載しなかったとしても不自然ではない。
また、名古屋記念病院の産業医Tは、診療情報提供書において、「原告Xですが、統合失調症の病状が悪化され、最近は勤務を休むことが増えたり、」「日中の倦怠感の憎悪が認められたり、幻聴が聞こえる等の症状が悪化しているとのことで、御本人より、このまま仕事を継続していっても潰れてしまうのではないかとの不安から、休職にて療養を希望されました。勤務に支障がある状況と判断し、所属長と相談上、統合失調症の病名にて、2021年5月1日から休業措置をとらさせていただきたく存じます。」と記載されている(甲105・4頁 診療情報提供書)。
産業医Tは、原告の統合失調症の症状が「悪化され」と明確に述べている。その根拠として「勤務を休むことが多い」「日中の倦怠感の憎悪がみとめられた」「幻聴が聞こえる等の症状が悪化している」と根拠を示している。原告の悪化は、医師によって医学的根拠を示して、明確に判断されている。
被告は、第2準備書面16頁で、上記前半の「 」部分を省略して引用し、「原告が休業して療養を希望したことから、産業医Tと所属長が相談して、原告の休業の希望に職場が応じる旨を主治医に報告したと考えるが自然であり、…原告が休業したのは原告の希望に対応したものに過ぎず、原告が休業したことについては、医学的な根拠ない。」と主張している。さらに、第3準備書面5頁では「あくまで、原告の健康を保持するために必要な措置として、所属長が産業医の意見を聴き、その産業医の意見をもとに就業上の措置として休業を要すると判断したことに基づくものと言える」と主張する。
しかし、被告が引用を省略した部分には、産業医が、原告のことを「原告Xですが、統合失調症の病状が悪化され」とはっきり病状が悪化したとの判断が記載されている。
また、「勤務を休むことが増えた」という事実、「日中の倦怠感の増悪が認められた」という事実、「幻聴が聞こえる」という事実等の根拠を示している。「等」と記載されていることから実際にはそれ以外も悪化の根拠となる事実があったものと考えられる。この記載は「原告の休業の希望」を記載しているのではなく、産業医Tが、医師として、統合失調症の症状が悪化したことを述べており、そのことを前提に、休職措置をとると判断しているである。医学的な根拠は十分に示されていると言うべきである。
イ 休業における主治医の判断の必要性について
被告は、原告の休職に際して主治医の明確な判断がなされていないことをもって、休職の正当性に疑義があるかのように主張する。
しかしながら、主治医は、産業医Tからの質問状「現在の病状で、放射線技師としての通常勤務が可能かどうかについて」に対し、次のように回答している。
「職場により通常勤務内容に差があるかとは存じますが、現在そちらでの職務遂行能力を鑑み、許容範囲内で職務が全うできない、または許容範囲内の職務で体調が悪化するようでしたら、通常業務は困難であると考えます。残業や休日出勤などについては必要最小限が望ましいと考えます。」(甲105)
この記載から明らかなように、主治医は当該業務の具体的内容および勤務環境に照らして、通常業務が困難となる可能性がある旨を指摘した上で、休職の可否判断を産業医および職場側に委ねている。主治医が、このように判断を委ねたのは、原告の業務内容を産業医や職場の方がより具体的に原告の業務の内容を知っているから、休職するべきか、業務が継続できるかは、産業医や職場側の意見を尊重するべきだと考えたからである。精神的疾患や業務負荷による健康影響の評価においては十分にあり得ることであり、医学的に不自然な対応ではない。
したがって、主治医のカルテに明確な休職指示が記載されていないことは、職場側および産業医との役割分担に基づいた合理的対応であり、休職の医学的根拠を否定する事情には該当しない。
加えて、当該休職判断は、実際に産業医Tが原告の病状悪化を直接面談にて聴取した上で、休職の必要性を明確に判断したものであり(甲105・4頁)、その医学的妥当性および正当性には何ら疑義はない。
以上のとおり、原告の休職は、主治医の所見および産業医の専門的判断に基づくものであり、主治医のカルテに明示的な休職指示が記載されていないことを理由に、休職の正当性を否定する被告の主張には理由がない。
ウ 産業医の休業判断と休業開始時期に2週間以上の間があることについて
被告は、産業医による休職判断が令和3年4月9日であったにもかかわらず、実際の休職開始が同年5月1日となったことをもって、原告の症状が緊急を要するものでなく、医学的根拠に基づく休職ではないと主張する。
しかしながら、このような主張は事実及び医療・業務の実態に即しておらず、妥当ではない。
第一に、令和3年4月9日の産業医面談において、産業医Tは原告から症状悪化の状況を聴取したうえで、休職の必要がある旨を明確に判断している。これは原告の主治医が、業務との関連性を踏まえた休職判断を産業医に委ねたことを受けてのことであり、産業医の判断は医学的所見に基づいたものである。したがって、当該休職は医学的根拠に基づく措置であった(甲105)。
第二に、休職の開始が令和3年5月1日とされたのは、業務運営上の調整を要したためである。すなわち、令和2年9月末には病院関係者J(診療放射線技師・経験20年以上)が、令和3年3月末には病院関係者P(同・経験7年)がそれぞれ退職し、さらに令和3年4月1日からは病院関係者Q(同・経験8年)が産前休業に入った。
その結果、令和3年4月1日からは、診療放射線技師業務未経験の新卒職員3名が新たに現場に加わったにすぎず、業務遂行上極めて不安定な体制となっていた。
このような状況において、原告の即時休職は現場の運営に重大な支障を及ぼすことから、原告、産業医T、病院関係者Gおよび事務課長の4者協議のうえで、やむを得ず一定の準備期間を経たうえでの休職開始とする調整がなされたものである。このような調整は、あくまで業務運営上の便宜によるものであり、休職の必要性自体を否定するものではない。
以上より、原告の休職は、医学的根拠に基づき判断された正当なものであり、その開始時期の調整は、現場の体制維持との両立を図るためにやむを得ず行われたものである。よって、被告の主張には理由がない。
2 本件疾病の悪化とその業務起因性について
ア 「上司とのトラブルがあった」について(被告第2準備書面16、17頁)
関連訴訟である令和7年(ワ)第493号の答弁書9頁において、被告となっている本件病院は以下のように答弁している。「ア第1文乃至第3文の各事実は認める。……(以下略)」これは令和7年(ワ)第493号の訴状の以下の文章のことである。「原告Xは令和2年12月中旬、新型コロナ感染症の院内感染拡大事案が発生した際に感染および濃厚接触者にならず出勤停止を免れた。その結果、急遽、原告Xを含む6名の診療放射線技師で、1週間の間、当直を含む放射線部業務を行うこととなった。6名体制となる前日の深夜になっても、当時技師長職にあった病院関係者G(出勤停止対象者)からの業務に関する指示が行われなかったため、原告Xは独断で病院関係者Lに直談判するための業務資料を作成し、翌朝出勤した際に、病院関係者Lに電話し、駆けつけた病院関係者Vにその資料を提出した。」(甲130、甲131)
このことから口論となる前提事実の存在は本件病院も認めていることから事実である。口論の内容等についてはすでに準備書面(4)で主張した通りであり、病院関係者Gの『診断書を盾にとって、おどしだね』という発言は指導の範囲を逸脱しており、口論と言える(甲124)。
イ 「感染症等の病気や事故の危険性が高い業務に従事した」について(第4準備書面の3から5頁)
(ア)被告の主張が不合理なこと
被告は、行政による新型コロナウイルス感染症対策の周知がなされたことにより、感染リスクが軽減されていたと主張している。しかし、これは公衆衛生学的なマクロの視点に基づくものであり、個々の医療機関における職員の感染リスクが具体的に低減されていたことを意味するものではない。
たしかに、令和4年2月時点で愛知県内における医療機関でのクラスター発生件数は13件にとどまっており、全体の病院数(約320施設)と比較すれば、行政の感染症対策が一定の効果を上げていたと評価する余地はある。しかしながら、これはあくまで県全体における統計的傾向にすぎず、特定の病院における感染防止措置の適否や、個々の職員が直面していた感染リスクの程度を直接裏付けるものではない。当時、350人を超えるクラスターが名古屋市内で起きているほか、100人以上のクラスターが三つあると報じられている(甲132)。さらにこの100名以上のクラスターのうちの一つは原告の勤務していた病院である(甲99)。
したがって、被告の主張は、マクロな傾向をもってミクロな個別事情に適用しようとするものであり、論理的飛躍があるといえる。
また被告は、第1波の頃から院内で通知や対策資料が配布されていたことを根拠に、第3波の時点では職員の感染リスクは低減されていたと主張する。しかしながら、第3波において実際に院内クラスターが発生している事実自体が、当時の対策が不十分であったことの傍証であり、リスクが低減されていたとの主張には説得力を欠く。
(イ)クラスター発生により新たな感染対策が次々と講じられていること
病院では、クラスター発生により新たな感染対策が次々と講じられている。
a 病院は2020年12月16日、放射線部4名のNC感染が発生したことについて「当院職員のNC感染について」という表題の文書を発出している(乙17の6・42)。同月17日「当院職員のNC感染について(その2)」を発出している(乙17の6・43)。同月20日には「「当院職員のNC感染について(その3)」を発出している(乙17の6・45)。同月22日には「「当院職員のNC感染について(その4)」を発出している(乙17の6・46)。ここでは「現在、同時多発的に職員の感染事例が報告されています。「「12/21(月)に、非常に多くの数のPCR検査を実施しましたが、12/22(火)にも多くの数のPCR検査を実施しなくてはならない事態になりました。」との記載があり、クラスター発生により病院が情報収集に追われている状況の記載がある。
b 病院は、2020年12月23日、「入院患者さんへの面会禁止の強化について」という文書を発出し(乙17の6・48)、面会の条件を変更している。
c 病院は、2020年12月26日、「NC緊急対策本部より」と題する文書(乙17の6・55)を発出している。そこには「経験のない緊急事態であり、職員の皆様と患者さんの健康を守り抜くための対策を誠心誠意行っておりますが、時に厳しい判断をしなくてはならない事があり、職員の皆様に精神的にも肉体的にも大きな負担をかけており本当に申し訳なく思っております。…」との記載がある。 同日、N95マスク、ゴーグルの装着、外したときの注意事項をまとめた「濃厚接触者とならないために」(乙17の6・56)を発出し、周知を図っている。なお、ここで「N95マスクは原則1日1個の使用とし」とあるが、本来N95マスクは単回使用となっている。はずしたら交換しなければならないので1日1回というのは本来の使用方法ではない。マスク不足のためにこのような使用方法を説明せざるを得ない状況となっていた。
d 病院が、「医療従事者向け新型コロナウイルスワクチン接種に向けたワクチン説明動画のご案内」を案内したのは、2021年2月9日である(乙17の6・82)。 職員向け新型コロナウイルスワクチン接種ができるようなったのは2021年3月である(乙17の6・87)。
e 病院は、2020年2月10日、名古屋記念病院 COVID-19対応マニュアルVir1.0を発行している(乙17の6・84). 乙17の4の1の1枚目で行われたゾーニングが、このマニュアル4頁では大幅に変更になっていることが分かる。
f これらのことからも明らかなように、第3波(2020年12月1日から2021年2月28日)の当時の病院の対応は確立したものではない。病院は、さまざまな通知、マニュアルなどを発出しており、感染防止体制がなお試行錯誤の過程にあったと評価すべきである。
また、この頃、ワクチンの接種は、これからはじまるところであって、医療従事者の感染のリスクはまだ、高い状態であったと言うべきである。
このような状況下において、職員の感染リスクが実質的に低減されていたとは到底いえず、被告の主張は事実および状況の実態に反するものである。
第4 結語
以上のとおり、本件各処分は違法であることは明らかであるから、速やかに取り消されるべきである。